香りの観察日記

一般人が個人的な香りの感想を記録していくためのブログです。

イヴサンローラン / オピウム

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香水のネーミングやバックグラウンドだけで惹かれてしまうことは無いだろうか。このオピウムはその和訳「阿片」というネーミングから発売当初からフレグランス業界を震撼させた。

デザイナー、イヴサンローラン。彼は、他人の視線を集めるだけの古い美的感覚を覆し、何者にも囚われずに自分らしく生きる新しい美の在り方を作品を通して強く提唱した。流行していたミニスカートではなく男性的なパンツスタイルを数々発売、自らのブランドのショーモデルに黒人を起用するなど革命的とも言えるアプローチ。当時弱者と呼ばれていた女性や肌色の濃い人々も皆対等の権利があり、全ての人種が美しく誇り高くあるべきだという姿勢が功を奏し、爆発的な人気を誇ったデザイナーである。

そんな彼が、中国風をテーマにしたコレクションに合わせ、東洋的かつ官能的な香水を作ろうと考えた。その為に特別プロジェクトを立ち上げ、調香師にジャン=ルイ・シュウザックを迎えて完成したのがこのオピウムだ。

さてその香りはと言うと、かなりスパイシーなオリエンタルに仕上がっている。トップにベルガモット、マンダリンオレンジ、スズラン。ミドルはカーネーションジャスミン、ミルラ。ベースノートにオポポナックス、アンバー、バニラという構成だ。

肌にプッシュすると、まずは柑橘類とシャープな花々の混じりあったフルーティで漢方っぽいオープニング。なかなかに複雑な香りなのだが、一言で表すと炭酸強めの冷えたコーラの栓を抜いた時の匂いといえば分かりやすいかもしれない。

時間が経つにつれて薬っぽさは薄らいでゆき、どんどんスパイスの芳香と樹脂の絡まりあったシャープでエキゾチックな甘辛さが出てくる。これがたまらなく官能的だ。だらしないエロティックさではなく妖艶で高貴な美しさ。一瞬でクラっと落ちてしまいそうな、まさに魔性の香りと表現するのが相応しいだろう。

ラストに向かって、アンバー、そしてミルラやオポポナックスのスモーキーな樹脂類が尖った部分をゆっくりと丸く包み込んでいく。芯が強く誰にも心を開かない、そんな人がふと見せた笑顔のような、心を揺さぶられる優しさを感じられる香りだ。

耐久性にも長けており、以上の変化をじっくりと楽しむことが出来る。オリエンタル系の香りはラストに向かうにつれて甘々な感じになるものが多いけれど、オピウムは最後まで凛とした印象を失わないのが素晴らしい。他に類を見ない作品の一つだ。

「阿片」。このあまりに危ういネーミングに対し、当時のプロジェクト関係者は猛反対したという。今すぐ名前を変えるべきだとイヴに詰め寄ったが、彼は決してその意志を曲げなかった。

「名前を変えるくらいならノーネームでいい」と。

そんなバックグラウンドを思うと、調香の一つ一つに意味があるように思える。フルーティやスパイスは強さを、バルサミックな甘さは気高さを、そしてラストはふくよかながら洗練された本当の優しさを。

性別、人種、そんなものに縛られなくていい。いつだって君は君だ。誇り高く生きよう、それが一番美しいのだから。

オピウムという作品は、今を生きる人々へのイヴサンローランからのメッセージそのものなのかもしれない。